【門前編】「世界観をつくる」から日本酒業界を考える!<前編> 今回からは、前中後編の3回にわたって、「世界観をつくる~『感性×知性』の仕事術~」(山口周・水野学著朝日新聞出版・朝日文庫2025年12月30日発行900円+税)をベースとした内容を取り上げたいと思います。「意味をつくり、物語を描き、文脈を編む」力――それは価値を生み出す能力であり、“世界観”という新たな武器となる……。人気著者の2人が、ビジネスとクリエイティブの接合点から、価値創造の具体的な方法論と、これからのワークスタイル、リーダーシップのあり方について、語り合ったものが本書です。そして、本書がユニークなのは、著者2人の組み合わせにあります。主にデザインやブランディングの領域でトップクラスの実績を積み上げてきた水野学氏と、主に経営戦略や組織開発の領域で「経営における美意識」の重要性を訴え続けてきた山口周氏という、異なる専門性を持ちながらも、総じて「創造性の競争優位」というアジェンダに取り組み続けてきた2人の対話を通じて、日本の組織やリーダーの課題がより立体的に浮かび上がってくるのです。日本酒業界にとっても、大きなヒントが得られるのではないかと考えています。
[Ⅰ.意味をつくる]
【未来の会社がつくっていく「価値」とは?】
まず水野氏は、「これからの企業がどうなるべきか?」と話題を振ります。たとえば、「ジャパン・アズ・ナンバーワン」と言われていた頃の日本の力は失われ、2019年国際競争力ランキングでは前年の5位から後退し日本は6位で、大手メーカーはどこも目に見えて世界で戦えなくなってきているのだと。この状況で、企業はどうしたらいいのかと語るのです。
山口氏は、企業が社会に対して何か価値を提供できれば、その価値に対する対価がもらえるというのがビジネスの仕組みであり、企業の調子が悪くなるということは、その会社が「世の中に価値を提供できなくなっている」ということだと指摘します。マズローの「欲求5段階説」は、「生理的欲求」「安全の欲求」「所属と愛の欲求」「承認(尊重)の欲求」「自己実現の欲求」と上昇していきますが、今日の世界では「生理的欲求」や「安全の欲求」が満たされて飽和したので、様々な「欲求のレベル」に対応するビジネスが試行されているのだというのです。こういう世界で人が欠乏感を抱くのはどんな時なのか、いまの時代に「何が価値になるのか?」を考える必要が高まっているのだと。「価値」とは絶対的なものではなく、社会のあり方によって変わっていくもので、ここで考えなければならないのは、現在の世界において「何が過剰で何が希少なのか」という論点であり、「過剰になったモノ」の価値は下がるし、「希少になったモノ」の価値は上がるということだと、山口氏は語っています。
【モノが過剰、便利が過剰、正解が過剰……文化は文明を後追いする】
私たちは「問題=困っていること」の解決のためにモノやサービスを購入しますが、今の世の中では「問題=困っていること」が希少になり、その結果「正解の過剰化」という問題が発生しているのだと山口氏は指摘します。そして、多くの場合「何に対する正解なのか?」という問題が提起できていない、つまり課題が置き去りになっている、いわば「利便性の過剰」なのだというのです。便利なものが当たり前になり、もはや何でも便利なのでありがたみがないし、欲しくもないため、そこである種の不便さが求められてきているのだと。たとえば「一戸建てをつくるなら、むしろ不便な薪ストーブを入れたい」という、不便を求める発想が出てきているのだといいます。これは一種の「近代の否定」で、利便性が過剰になりすぎるあまり、逆に不便なものの価値が高まっているのだというのです。一方、家電を含めた日用品の世界はまだ便利さに囚われており、その理由は、日本のメーカーのほとんどは世の中にある「顕在化している問題」を見つけて、それに対するソリューションとして便利なものをつくって成長してきた、という「強烈な成功体験」があるからだといいます。その象徴が松下幸之助の「水道哲学」で、この戦略は大量生産が前提になっていますが、これは欲求5段階説の下層にある問題にアドレスすることで初めて実現できるのだと。なぜなら生理的欲求は普遍的で、市場規模が大きいため数をたくさんつくることができるからだというのです。しかし、「過剰に供給されるものの価値は低下する」わけですから、現在は「便利さ」の価値が下がっているのに、「価値の認識」が変わらないままになっているのだといいます。さらにいえば「役に立つものを追求しすぎると役に立たなくなる」というのです。テレビのリモコンボタンが65個もあっても普段使うのは4つくらいで、ユーザーはメリットを感じないのだといいます。さらに、これは「労働生産性の低さ」にも関わる問題で、日本は非常に労働生産性が低く、その順位はアメリカやドイツはもちろん、スペインやイタリアよりも低いのだと。そういうときの会社としての戦略は、「役に立つという価値」か「意味があるという価値」の、どちらを選ぶかだというのです。日本企業はずっと「役に立つという価値」で戦ってきたけれど、この価値は過剰になってしまい、「意味があるという価値」が希少になった、つまり「意味がある」こそ価値がある時代に変わったのだといいます。
そして水野氏は、「文化は文明を後追いする」と語るのです。これは、15世紀半ばから大航海時代が始まって、まずは文明が進んだ、つまり便利さや機能が優位になったのだと。そうした文明がある程度まで進むと、文化が後追いするのだといいます。16世紀になるとルネサンスが起きているし、日本では同時期に安土桃山文化が花開いて、世界規模で文化の時代になったのだと。さらに文化の時代が長らく続いたあと、18世紀後半に産業革命が起こる。そのあと文化の揺り戻しとしてアーツ&クラフツ運動が興る。文明がまず進んで、それを文化が後追いして広がる……歴史がその繰り返しだとしたら、今は次の革命というタイミングで、これを第3次とか第4次産業革命という人もいれば、デジタル革命と呼ぶ人もいますが、水野氏は「網業革命」と呼び、つまりネットレボリューションだといいます。ウェブの登場で「文明」が伸び切りつつあるため、そろそろ「文化」の出番になってきているのではと、あちこちで話しているのだというのです。さらに水野氏は、「文明=役に立つ」で「文化=意味がある」と言い換えることができ、企業は「役に立つ」と「意味がある」の分かれ道に立っているのだといいます。そして、日本のメーカーは「役に立つ」が飽和しても、「意味がある」という価値を世の中に出していける能力もちゃんと持っているはずだと。しかし「意味がある」という価値を生み出した経験がなく、組織の中にもその土壌がないのだというのです。山口氏は、「役に立つという価値」の裏打ちは論理とサイエンスとスキルであり、つまり正解があるからやりやすいのだといいます。一方「意味がある」の裏打ちとなるのは、水野氏的に言うと知識を積み重ねてつくり上げたセンスであり、山口氏的に言うとアート、直感、質を上げる、といったことだといい、これは多くの組織には難易度が高く、あきらめてしまうのだというのです。
【今こそ「モノ」の時代】
水野氏は、世界を相手に「役に立つ」闘いをするなら、1位だけが総取りする厳しい競争に挑み続けなければならず、相当な「体力」がいるのだと語り、では日本企業には何が必要かと考えると、やはり文明ではなく文化に行かざるを得ないのだといいます。「意味がある」の方向に行けば仕事は確実に楽しくなり、特にBtoCには楽しさは不可欠なのだと。そして「モノ消費からコト消費へ」という言葉が盛んに使われていますが、コト消費とはつまり、その商品やサービスによって得られる体験を提供していくということですが、その実態はBtoCからBtoBにシフトチェンジしているだけの企業も多いのだというのです。そのため水野氏は、「安易にコトになんか行ったら、あっという間に崩れますよ。今こそモノの時代です。」と語っているのだといいます。さらに水野氏は、「モノの時代」と自分で断言したくせに、なぜそうなのかはうまく言語化できずにいたのだそうですが、今回の対話で「本当にモノの時代だ!」と根拠を得て確信したのだといいます。「意味があるモノ」自体が存在していなければ、その周辺にコト消費を生み出すことはできないのだと語るのです。
日本は、1985年のプラザ合意の時点で名実ともに世界ナンバーワンになり、これを「文明という学校で日本という生徒がアメリカという先生を抜いてトップで卒業した」と水野氏は表現しています。山口氏も、そこで「文明」から「文化」へギアシフトできればよかったのですが、「目指すべきお手本」がなくなった時点から日本は漂流を始めてしまい、そしてそのまま30年……平成とはそういう30年だったと語るのです。水野氏は、日本は急激に成金になったため、文化レベルが追いつかなかったのだといいます。これを受けて山口氏は、「クーペ」「セダン」「カブリオレ」等という、自動車の車体タイプを表す言葉について言及するのです。これらは、もともとはフランス語の馬車の種類にクーペやカブリオレというのがあって、貴族のファッションの小道具ですから見た目が重要で、最初から役に立つとか、どうでもいいのだと。つまりヨーロッパの自動車産業は、貴族文化の延長線上にあるのだといいます。これを受けて水野氏は、出発点が日本の自動車産業とまるで違うと語り、日本の車は最初から明らかに移動手段であり、「役に立つ」ですねと指摘するのです。
さらに水野氏は、日本の車メーカーはカタカナのネーミングで欧文レターを使っていますが、そのレターの意味が分かっていないことが多いのだといいます。しかし欧文書体には、その歴史や成り立ち、適した用途を知っておかないとおかしな使い方になってしまうものもたくさんあるのだというのです。やはりルーツや文化的背景を知ることが大切なのだといいます。そして、ヨーロッパ車にブランドが生まれて日本車には生まれていない理由の一つは、日本の自動車メーカーは歴史や文化を考えずに機能や文明のほうにシフトしたがゆえに、美しい形が生まれなかったのかもしれないというのです。そして山口氏は、デザインと文化の結びつきについて、特に「かなわない」と思うのがワインのラベルだといいます。高価ではない中堅のフランスワインでも、ラベルを見るとつくり手の名前、年号のローマ数字のフォントや字間、そのレイアウトなど、本当に「完璧だ」と思うというのです。その一方で、仏生会の時の京都は知恩院、三門の木材の褪せた黒色と石畳の灰色というモノクロームの背景に紋が大胆に白抜きされた紫色の巨大な垂れ幕が風になびくのを見ると、これはこれで「完璧だ」としか言いようがないのだと。不思議なのはこの感性と美意識がなぜ製品のロゴやデザインに反映されないのか、ということだと語っています。水野氏も、戦争で負けたことが原因なのか、どこかに「欧米文化に負けてしまった」という分断のポイントがあり、日本はそれからずっと風邪をひいているような状態だと感じるというのです。
また山口氏は、先進7ヵ国の首都の電柱・電線の地中化率について、日本はだいたい20%程度でダントツのビリなのだといいます。「日本人は美意識が高い」と思っている人は世界中にたくさんいますが、あんな醜いものを平気でいられるなんて、とても美意識が高いとはいえないのだというのです。これについて水野氏は、山口氏の著作に詳しい「オッサン」思想が社会全体にはびこっているのだと指摘します。電柱・電線の地中化のように、反対している人がほぼいないのに、なぜかプロジェクトが進行しない状況は日本企業にもあるのだというのです。たとえば、スマホをつくっている日本のメーカーの人が個人で持っているのはiPhoneだったりするのだといいます。それはカッコいいから。それでも、業務としてはカッコいいとは言えないものをつくるのだと。「つくりたいのはこれじゃない」と全員分かっているのに、なぜかカッコいいものをつくる方向に切り替えられないのだというのです。
【企業がためらいを乗り越える二つの方法】
水野氏は、企業で「オッサン」思想に染まった人たちが判断する勇気が出せない理由はいろいろですが、理由はともあれ、自分たちの仕事は、企業側にためらいを乗り越えてもらうことでもあるのだといいます。そこで水野氏が編み出した方法は、一つは「黒船が来たぞ!」作戦で、これはペリー来航のとき争っていた藩同士がピタッと仲良くなったあれだと。早い話が、変わらざるを得ないという業界の状況であるとか、海外との競合とか、外圧を利用する方法だというのです。もう一つは、「やってみなはれ」作戦で、経営陣が的確な判断をしてトップダウンで指示をするというもの。具体的には、「クリエイティブ特区」を社内につくって、営業や技術といった現場の社員にもそこのルールで動くように指示するというものだといいます。これを受けて山口氏は、「やってみなはれ」はサントリー創業者の鳥井信治郎さんの言葉だと言い、今もあの会社のある種の社是であり理念だと語るのです。そして、サントリーは、1兆円企業でいちばん役に立たないものをつくっている会社だと思うと語り、なにしろ酒ですから、売れば売るほど役に立たなくなる(笑)と語っています。さらに、日本の会社のほとんどは役に立つものばかり追求しているから、サントリーはかなり独特な存在であり、そんなサントリーには文化があるというのが、非常に象徴的だと語るのです。
山口氏は、日本で本格的な検索エンジンのサービスを最初に始めたのはNTTだったと語っています。95年にNTTが始めて、Yahoo!JAPANが96年に始めたのだと。そしてジェフ・ベゾスがまだ書籍しか扱っていなかったAmazonを始めた時期に、IBMも電子商取引のサービスを開始しているのだそうです。つまり、GAFA(Google、Apple、Facebook、Amazon)は新しい会社で最初は小さかったわけで、彼らが出てきたとき大手も同じことに手をつけていて、カネも人もブランドもある有利な立場にいたのだと。それなのに結果としてベンチャーに負けているのだといいます。これは、大手にはモチベーションがないからで、モチベーションがすべてをひっくり返す時代になったのだと。あらゆるモノがあふれている状態で「ハングリーになれない人」がほとんどになってくると、モチベーションが最も重要で希少な経営資源になるのだというのです。
【世界のすべてのブランドは日本が生み出した?】
今の高級ブランド時計は元々スイスの小さな工房で、ただ役に立つ時計をつくっていたものが、やがて歯車という機械式でどんどん凝ったものをつくるようになったのだと山口氏は語ります。そうやってスイスがひたすら「役に立つ」の道を突き進んでいたとき、「クオーツを使えばめちゃ安く小さくできる!」という日本のセイコーが登場し、70年代は安いクオーツ時計が世界中に広がったのだといい、スイスの時計産業は大打撃だったと語るのです。そこで、「違う戦い方をしないと産業は守れない」となったのではないかといいます。結局スイスは、持つ人にとって意味がある、自己表現としての時計をつくるという方向転換をし、その結果カジュアル寄りのスウォッチやロレックスのスポーツウォッチ、あるいは貴族的なプレゲ、億を超えるリシャール・ミルが生まれたのだと。「役に立つ」の勝負から降りて、「意味がある」の道に切り替えたメーカーが、一流ブランドになっていったのだというのです。これに対し水野氏は、地球上の「ブランド」という概念は、日本人がいたからできたという可能性があるのではと指摘します。それに応えて山口氏は、少なくとも時計、カメラ、自動車という三つの業界は、ブランドが誕生した背景に日本が登場したことによる危機感があると思うと語るのです。そうすると、まさに今、日本が置かれている状況は、70~80年代の欧米諸国と同じく「役に立つ」を追求して、行き詰まった状況ではないかと、水野氏は語ります。韓国は低価格で高性能な電化製品をどんどんつくるし……これからは他のアジアの国からも、もっと「役に立つ」文明系のものが安く出てくるかもしれないのだと。日本はかつて自分たちがヨーロッパにしたことを、アジア諸国にされているわけで、これが日本のブランド化の起爆剤になるかもしれないと語るのです。山口氏も、この先は「意味の世界」にスイッチを切り替えてブランド化する会社と、「役に立つ」の延長線上でずるずるやって消えていく会社に分かれるでしょうと語っています。しかし、うまく活路を見出だせばブランド化して生き残れるのですから、希望が持てると思うと語るのです。
そして山口氏は、「意味がある」会社の例として、よくバルミューダを挙げているのだといいます。他社製品なら2000円で買えるのに2万円のトースターを売り出して、10年間で売上が1000%成長しているのだといい、これは一つの流れなのかなという気がしているのだと。日本の産業全体にとってチャレンジだと思うのは、意味で世界と勝負できる会社になってブランド化するときに、誰がそれをドライブするのかという問題だというのです。企業の人たちの多くは、自分で判断するのが苦手ですから、水野氏のような外部のインディペンデント・デザイナーとかクリエイティブディレクターの力を借りるのだといいます。水野氏は、あるいは企業のトップや経営陣に、優れたクリエイティブディレクターもしくはクリエイティブ担当がいるケース(Appleのスティーブ・ジョブズ等)もあるのだと語り、いずれにせよ、「新しい方法で意味をつくる」ことができる人材の増加が、喫緊の課題だというのです。
【「意味をつくる」から日本酒業界を考える】
ここまでの「Ⅰ.意味をつくる」の内容から、ここからは日本酒業界について考えてみたいと思います。まず、日本酒が生み出している価値とはそもそも何でしょう?欲求5段階説で日本酒を考えれば、お酒の味わいを楽しみたいという場合は、食欲や飲酒欲ですから第一段階の「生理的欲求」に当てはまり、ストレス解消やリラックスしたいという場合は、第二段階の「安全の欲求」に当てはまるでしょう。また、仲間と酌み交わす場合は、コミュニケーションやつながりを求めていますから、第三段階の「所属と愛の欲求」に当てはまるでしょう。そして、日本酒の味わいや銘柄などに詳しいという場合、集団の中での承認欲求を満たしますから、第四段階の「承認の欲求」に当てはまりそうです。さらに、「酒蔵巡り」をしたりして日本酒が趣味になるという段階では、日本酒を通じて自己実現欲求を満たしますから、第五段階の「自己実現の欲求」に当てはまるといえるでしょう。本書の指摘のとおり、今の世の中では下位の欲求は飽和しており、その価値に対する対価は下がり続けているわけですから、中位から上位の欲求に当てはまるような日本酒の価値を訴求していくべきだと考えてみることで、大きなヒントが得られるのではないでしょうか。
そして、現代は利便性が過剰になりすぎるあまり、逆に不便なものの価値が高まっているのだとしたら、日本酒業界における昔ながらの「不便なもの」の中で価値が上がりそうなものは何かと考えてみることでも、大きなヒントが得られそうです。また、「文化は文明を後追いする」ということで、これからは「文化の出番」なのだとしたら、「文化としての日本酒」の価値について深く考えてみることも、大切なのではないでしょうか。さらに、今後は「役に立つという価値」ではなく、「意味があるという価値」の日本酒という発想に切り替えるということも必要になります。そこで重要なのは、「今こそモノの時代!」ではありますが、本当に「意味があるモノ」の周辺にしか、本当の「コト消費」は生まれないという点でしょう。安易な「コト消費」に行くべきではなく、「意味があるモノ」自体が存在していなければ、その周辺にコト消費を生み出すことはできないのだという言葉は、深く心に刻んでおくべきなのです。そして、「意味があるという価値」の日本酒を考える際、歴史や成り立ち、ルーツや文化的背景や思想の背景を知ることが大切だという点も忘れてはなりません。また、デザイン面でいえば、「仏生会の時に知恩院の三門にかかる大きな垂れ幕」など、日本における古の感性と美意識を体感してみることなども重要になってくるでしょう。また、店・企業・組織において、「オッサン思想」を払拭し、「意味があるという価値」に舵を切るために、「黒船が来たぞ!」作戦や「やってみなはれ」作戦は、日本酒業界にとっても確かに有効でしょう。「サントリーが日本酒を造ったとしたら、どんな商品をどう売るか?」
などと考えてみることも、大いに参考になるのはないでしょうか。
さらに、ヒト・モノ・カネよりも、モチベーションが最も重要で希少な経営資源になり、モチベーションがすべてをひっくり返す時代になったという言葉は、私たち中小企業にとって大いなる福音でしょう。さらに、この先は「意味の世界」にスイッチを切り替えてブランド化する会社と、「役に立つ」の延長線上でずるずるやって消えていく会社に分かれるとしても、うまく活路を見出だせばブランド化して生き残れるということですから、まだ希望はあるということなのです。もしかしたら、今の日本酒の長期低迷こそが、日本酒の真のブランド化の起爆剤となるかもしれないと考えることもできるのです。そしてバルミューダという実例には、私たちも大いに勇気づけられます。これはつまり、他社製品なら2000円で買えるのに2万円の日本酒を売り出して、10年間で売上が1000%成長するということも、不可能ではないということでしょう。トースターにできて日本酒にできないことなどないのですから。ちなみにバルミューダのトースターが高価でも売れた理由は、以下のとおりといわれています。➀体験の販売(「外カリ中モチの最高のトースト」という独自の体験価値を重視したコンセプト設計)、➁技術的な独自性(独自のスチーム技術で既存家電の機能を進化させた)、③洗練された機能美デザイン(シンプルでスタイリッシュ、インテリアに馴染むデザイン)、④ひと手間の演出(水を入れる、ダイヤルを回すといったアナログな操作感、「ひと手間」を楽しむ演出が愛着を育んだ)、⑤統一されたブランド感(商品名、ビジュアル、コンセプトに統一感があり、プレミアムなブランド力を確立した)。バルミューダは、大手家電メーカーが機能の多機能化に注力する中、「絞り込んだ特定の体験」に焦点を当てることで競争を避け、さらにおしゃれで豊かな生活スタイルを提案し、独自のポジションを築き上げたのだといえるでしょう。「意味があるという価値」の日本酒にとって、極めて参考になる事例なのではないでしょうか。